めぐりあう時間たち

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死ぬと私たちはどこへ行くの?
という問いは、誰も答えられない答え。
だって、死んだことないから。
だから、どこに行くか経験したことないし、それを教えてくれる人もいない。
でも、もと来た場所に戻るという考え方は好きだ。

一番印象に残った言葉

人生に立ち向かい
いかなるときも人生から逃れようとせず
あるがままを
見つめ
最後には
受け入れ
あるがままを愛し
そして
立ち去る

なんだか、この言葉を読むと、胸がざわざわいう。
そして、なんだか悲しくも安心する。
たぶん、それは自分の人生を享受することに対して肯定的だからだろう。

限りない愛と限りない時間。
私たちはいつかは死んでしまうけれど、この流れる時間は止まることはなくて、私の遺伝子と私が愛した人の遺伝子は子供という別の形で残り、そしてこの愛は子供からその子供へつながっていく。
ある意味時間は永遠で、そして愛も永遠なのかもしれない。

私たちは無から生まれ、無へ帰る。
私たちがこの世からいなくなったとしても、そこにはなんの変化もなく、ただ同じ時間が流れてゆくだけだ。

余韻の残る映画で、ふとしたときに、この映画の意味することを考えてしまう。
まだまだ釈然としないし、理解しきれていない部分がある。

人生、そしてこの時間における私という存在、死。
そういうものを考えてしまう映画だった。

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このページは、mayuzoが2004年9月30日 12:24に書いたブログ記事です。

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