レイトショーで春の雪を見てきた。
さすがに12月の夜は寒くて、耳が冷たくなる。
でも、通りを飾るイルミネーションがキラキラしてて綺麗だった。
まだ雪は降らないけれど、この冷たさは雪が降ってきそうだと思った。
三島由紀夫は耽美だから好き。
エッセイはユーモアもあるし。
瀬を速み 岩に堰かるる滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
幼子が百人一首を読む後ろで、はらはらと舞う雪が桜のように見えた。
スクリーンに映る情景が美しくて匂いたつ感じがする。
どうしてこんなにも美しいのだろうか。
和室に入り込む光と影。
肌の白さと纏った着物の色。
降り積もる白い雪。
泡立つような淡い桜。
苔むした岩の上を流れるせせらぎ。
聡子役の竹内結子が儚げで、その表情や声の質感が奥ゆかしくて色気が香り立つようだった。
恥ずかしいのだけれど、同性であるのにもかかわらずどきどきした。
清顕の気持ちというのは凡人の私には理解しがたいものがある。
好意を寄せるがゆえに、自分の気持ちに素直になれず、相手に対してつれなくする。
相手が自分を想ってくれているのを十分に分かっていながら、そして相手のことを自分も好きなのにもかかわらず、その相手を傷つけたいようなわずらわしさを感じる。
憎しみと愛情。
その相反する感情が複雑に絡み合って、不器用な表現をする清顕。
恋愛は不条理だ。
以前好きだった人がそう言ってたことがある。
何を思ってそれを言ったのかは分からないけれど、確かにそういわれたことがあった。
その時はその意味が分からなかったし、今でさえもその本当の意味が分かっていないのかもしれないけれど、なんとなく不条理ってこういうことなのかもしれないと思った。
映画を見た後に、小説を読んだ。
清顕の気持ちを知りたかったから。
映画だけじゃ、あの複雑な気持ちは理解することができない。
小説を読んだあとに映画を見たら、きっと物足りなさを感じただろうなと思う。
映画を見てから小説を読むのが正解だ。
やっぱり原作の方が心理描写が緻密で、映画を見ただけでは分からなかった繊細だけど不器用な清顕の気持ちが理解できたもの。
映画で見た情景を思い出しながら、どうしてああいう感情を抱いたのか、どうしたああいう行動に出たのか、それを追って行くのが楽しかった。
日本語の美しさを映画で表した作品だと思う。
中身を忠実に表しているかどうかは置いといて、三島作品の美しさは表現できていたのではないかと思います。
![]() | 春の雪 三島 由紀夫 新潮社 1977-07 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |



コメントする