愛について思うこと。

マリ・クレール
こういったら、大げさなのかもしれないけれど、世の中愛だろ愛って思う。

ええ、勝手に言わせてください。

人生、愛です。
世の中愛が必要です。

っていう思いが先月号のmarie claireに通じていたような気がする(のは私だけかもしれないが)。

どうやら、この1年間をマリ・クレールはLOVEキャンペーンをする模様。
素晴らすぃ。

「今こそLOVEに目覚めよ!」とかバリバリ表紙に書いちゃって、いかにもバレンタインを意識している風で買うのを躊躇したけれど、でも、ほら、ほら、やっぱり愛じゃん?とか思いながら買ってみた。

愛っていうと、恋愛につながりやすいけれど、私はそれだけじゃないと思っているわけで。
友愛、敬愛、郷土愛・・・etc。。。。

友人に対しても恋愛とは異なる愛情を持っている。
恩師や先輩に対しても、敬い慕う愛情を持っている。
至るところに愛ってあると思う。
もちろん、それは大好きなラブ・アクチュアリーの受け売りかもしれないけれど。

誰かを愛することも誰かに愛されることも、心を満たすし幸福感に包まれるような気がする。
だから、世の中愛だろって言いたくなる。

もちろん、愛よりもお金や物のほうが自分の心を満たすって言う人もいるかもしれない。
または、名誉や支配のほうが心を満たす人もいるのかもしれない。

確かに、現実的に考えて、愛だけでは生きていけない。
でも、私にとっては愛より勝るものはないような気がする。

こう言ったらなんだけれども、私のエネルギーの源は愛だと思う。
頑張ろうって思える源。

大好きな友達がいて、素敵な恩師がいて、自分を愛してくれる家族がいて。
それだけで、私は幸せだと思う。
そして、それを失くしてしまったら私はどうやって生きていったらいいのだろう。

「愛している」って言葉は普段使うのには重過ぎるけれど、結局のところ、私は周りの人々を愛しているのだと思う。
大好きな人々と会うと落ち着いたり安らいだり、そして元気をもらって頑張ろう!って前を向ける。
心の奥から湧き上がっているエネルギーは、周りの人に支えられているからこそだと思う。
だから、愛だろ、愛って思うわけだ。
社会人になって、友達も家族もいない環境に来て、そんな風に痛感した。
新しい環境でうまくまだ馴染めなかった頃、誰かを好き(恋愛ではなく)とかその環境を好きとか、そんな風に思えなくてすごく苦しかった。
私がいつも明るいとか元気だと言われたのは、きっとそんな風に私がいきいきとしていられる力を大好きな人々からもらっていたんだと思った。

寂しいと死んじゃうのってウサギさんのようなことは言いたくないけれど、正直なところ私は「愛」がないと元気になれんのじゃと思った。


世の中愛で溢れればいいのにって時々夢想家の私は思う。
もし、人々が誰かを愛していれば世の中こんなに荒まないのになって。
っていうのは短絡的かもしれないけれど。

愛って、いつくしんで思いやることだと思うから。

誰かを愛しているから、その人を傷つけないように悲しませないようにする。
そういうのって世の中の人をわずかばかりだけれど幸せにするんじゃないだろうかって細々と思ってみたり。

でも、愛の難しいところは、「愛しているがゆえに」ってところだと思う。
愛しているがゆえに憎たらしいとかね。
誰かを愛しているがゆえに、その人を守るために別の誰かを傷つけるとか。

そう考えると、愛も結局は人を幸せにしないのだろうか?

うむむ。

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このページは、が2006年2月24日 20:30に書いたブログ記事です。

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