山のあなた~幸せに関する一考

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海潮音―上田敏訳詩集海潮音―上田敏訳詩集
上田 敏

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カール・ブッセの「山のあなた」という詩が好き。

中学の頃だか、いつの頃だかは思い出せないけれど、この詩を習って、今までずっと心に染みこんでいるの。
だから、鼻歌を口ずさむように、時折言葉が口をついて出てくる。

山のあなたの空遠く
「幸」住むと人のいふ。
噫、われひとゝ尋めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたのなほ遠く
「幸」住むと人のいふ。

今日、古本屋さんに行ったらたまたま上田敏の詩集を見つけた。
こうやって思いかけず欲しいとずっと思っていた(そしてずっと買わずじまいだった)本を見つけて嬉しく思い、我家へ連れて帰ることに。

昔この詩を知った当時、そこにある深い意味をきちんと捉えることができていたかどうかは甚だ疑問だ。
ただ、授業で習ってその言葉の表面をなぞっただけだったように思う。なにせ、10代そこそこでしたから。(今でも心はティーンですが)
でも、たびたび口を衝いて出てくる言葉をかみ締めるようになってから、そこにある意味を考えるようになった。

幸せというのは人それぞれ違うし、それぞれの認識の違いにすぎないように思える。
それならば、自分は不幸と思うよりも幸福であると思ったほうが(「思い込んだほうが」といったほうが適切かもしれないが)人生が楽しいのではないかと、あるときから思うようになった。
きちんと健康的にご飯を食べられて幸せ。
皆に会えて幸せ。
そんなささいなことでも幸せと感じるか感じないかはその人の気持ち次第。
幸せなんて自分で見つけなくちゃ、どこかにあるものではないと思う。
そう、だから、自分がその幸せを認識しなければ、幸せは「山のあなたのなほ遠く」にあるのだ。
「幸せ」という言葉は魔法の呪文のようだと思う。
それを唱えていれば「幸せ」と思えるようになれるから。
思えるようになれるっていうか、「幸せ」と唱えると、それが「幸せ」なんだと認識することができるから。
思い込みって案外大事。

こんな私もかつてはネガティブな人間で、「幸せ」だなんて常時感じているような人間ではなかった。
人は自分の状態を当たり前だと思ってしまうと、それ以上のものを求めてしまうものだし、当たり前のことが本当は当たり前ではないことを経験しないと、それが「幸せ」とは思えないものだと思う。
さまざまな人の影響もあって、そして微々たる物だけれど多少の経験もして、自分を「幸せ」と思えるようになった。

だから、といっては短絡的なのかもしれないけれど、実は日常は本当は「幸せ」で溢れているんではないかと思うのだよ。
ただ、私たちは他の人や物事と比較して、自分は劣っているだとか不幸だとか、そんな風に思ってしまうけれど。
でも、些細なことが本当は幸せなのではないかと思う。

友達とご飯を食べて満足していると、「幸せそうだね」と言われた。
そのとおり、幸せです。
そういう私は本当に単純なのかもしれないけれど、最近そういうシンプルなものが本当の幸せのように思える。
と、まだまだ青い若造のまゆ蔵は思うのです。

「幸せ」を「ありがとう」とともに、普段使いする言葉として普及させたいですな。

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このページは、が2006年3月18日 19:27に書いたブログ記事です。

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