ぼ~っとする技術

ぼ~っとするのに技術が必要なのかどうかは分からないけれど、私に関していえば必要だということに気付いた。

ぼ~っとしようと思ってもなかなかできるものではなくて、ぼ~っとしたはずがいつの間にか寝ていたということになりかねないし、ぼ~っとしようと思ってもぼ~っとできないのが関の山だから。

学生時代はぼ~っとする時間が多くて、それはきっと最後の一年は2時間の道のりをずっと電車にゆらゆらされて通っていたからというのが大きいような気がする。
バイトにいくにもゆらゆら。

その時間にいろんなことを考えたりして自分の中でバランスをとっていたような気がする。

今は時間があってもいろいろしたいことがあってぼ~っとすることもない。
ぼ~っとする機会がないから。
たまたま昨日図書館に行って、本を読んでいたらいつのまにかぼ~っとしてた。
窓の外を小学生が自転車で通っていくのを見て、取るに足らないことを考えて。

つまり、ぼ~っとするためには、「よし!ぼ~っとするぞ!」とぼ~っとすることを目的にしてはいけないということ。
他の目的に付随して「ぼ~」が存在するから。
たとえば、電車にのっていたらいつの間にかとか、お風呂に入っていたらいつの間にかとか。

昨日は、いつの間にか長い時間ぼ~っとしていて、ああ、こういうのって大切と思った。
ぼ~っとしないとなんだか自分が磨り減っていくような気がするから。

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このページは、が2006年3月22日 23:03に書いたブログ記事です。

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