
今日は四半世紀誕生日なので、今日は休暇を取りました。
久しぶりの晴天。
今日は、好きなことをすると決めたのです。
せっかくの休暇だし。
ということで、実は前々から行きたいなと思っていた栃木市の蔵の街美術館に行ってきた。
ルーシー・リー展がやっているというもので。
地図も持たないで行ったものだから頭の中の地図に途中で自信がなくなり始めた頃、道端でおじいちゃんに声をかけられた。
なんと声をかけられたか聞き取れなかったのだけれど、この際だから道を聞いてみた。
「(その人の)家の近くだから、ここからそんなに遠くはないよ。」と快く教えてくれた。
最後に、「気をつけてね!」と手を振られた。
こういう人って街の財産だと思うのね。
初めてその街を訪れる人に暖かいというのはその街を魅力的に見せるから。
栃木市は、川越と並ぶ蔵の街。
栃木駅をまっすぐぶらぶら15分くらい歩くと、ちょこちょこと蔵づくりの建造物が。
栃木市って、昔は日光へと続く例弊使街道の宿場町として栄えた街らしい。
当時の豪商がこぞって蔵を建てて、だから今でも歴史ある蔵があるそうな。
こんな風に八百屋さんも蔵づくりです。
なんか、中は現代の八百屋さんなのに、外観が蔵づくりって不思議な感じね。
でも、蔵を活用しています!って感じでいいですね。
うんうん。
こんな風に歩いていくと、山車会館があります。
でも、あいにくながら休館。
残念。
川越の山車会館と見比べたかったのにな。
その山車会館の横手を進むと蔵の街美術館が。
受付の方がわざわざ荷物を預かってくれた。
荷物といってもただのカゴバッグだけなんだけれど。
でも、親切で嬉しい。
陶芸のことには明るくないから、なんて表現したらいいのか分からないけれど、シンプルでそれでいて洗練されている。
淡いピンクが綺麗で、ほえ~っと見とれた。
ひっそりとにじみ出るトルコブルーや、掻き落としで出た素地の色。
何度も色を入れは拭き入れては拭き、線をだす技法。
そこには、日本のものとはまた一線を画した印象。
ルーシー・リーの写真やビデオを見て、なんてステキな人だろうと思った。
釉を笑いながら塗っている写真の笑い皺が本当にキュートで、こういう皺って素敵だなあとしみじみ。
「私はいつまでも生徒であることを止めない」
という言葉がビデオに映し出されたけれど、いつまでたっても学ぼうとする気持ち、たとえ93歳になろうとも何かを学ぼうという姿勢を持っていた彼女はやっぱり素敵だと思った。
恋人からの礼状が飾ってあって、ボランティア学芸員さん(?)が、そっと「この手紙に書かれているカップ&ソーサがあるんですよ」と案内して教えてくれた。
大きな美術館ってこういうことはあまりないけれど、こういう小さい美術館だからこそあるコミュニケーション。
平日だからか、人も少なくてゆっくりと見ることができた。
楽しい。
こんな風にゆったりと美術館で過ごすのはやっぱり私の大好きな時間だ。
誕生日には相応しい時間。
今日は、見ず知らずの人と話すという機会に恵まれた。
帰りの駅のホームで、ベンチに座ったおばさんに
「素敵な靴ね」
と話しかけられて、20分くらい話した。
お互いの電車が違うから、
「お気をつけて」
と言い合って別れた。
見ず知らずの誰かと笑顔を交わすということは少なからずも私を幸せにする。
そんな一日だったような気がする。
Lucie Rie ルーシー・リーの陶磁器たち
エマニュエル クーパー Emmanuel Cooper 刈茅 由美 
Lucie Rie
Tony Birks 

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