ハゴロモ
よしもと ばなな 
装丁が気に入って、久しぶりによしもとばななを読んだ。
いつの間にか「吉本ばなな」から「よしもとばなな」になっていた。
中学生の頃、図書館に行っては山田詠美と吉本ばななの本ばかりを漁っていた。
いつも新作はなかなか借りれなくて、地団駄を踏んでいたのを思い出す。
いつからか吉本ばななから遠のいてしまったのは、その作品のほとんどを読み終えてしまったことと、なんとなく飽きてしまったから。
飽きてしまったというのは大変失礼だけど、いくら美味しいものでも毎日食べていれば飽きてしまうように、本だって同じだ。
だから、あるときからの吉本ばななの作品は知らないし、いつから「よしもとばなな」になったのかは分からない。
でもやっぱり手に行ってみたくなったのは、ばななだったら期待を裏切らないだろうと思ったから。
たとえしばらく読んでいなくても、好きな作家は好きなままだ。
ハゴロモ
いい響き。
再生の物語と一言でいってしまうのは短絡的すぎるし、なんとなく「再生」って言葉は陳腐な気がする。
悲しみとか喪失とか、そういうのって簡単に消えることはできない。
そういうものを抱えて、ただ日々の生活を淡々と淡々と過ごして、でもあるときふっと何かが外れるようにそれが消えたり、あるいはフェイドアウトしていくようにどんどん透明になって消えていったり。
どちらにしろ、劇的な何かがあって消えるのではなく、毎日をただただ生きていくこと、それしかないと思う。
その毎日をただただ生きていく様子が描かれていて、でもそれが暖かいもので包まれていて、優しいもので溢れているような気がした。
ほたるちゃんは幸せだと思う。
全然感動する場面ってないのに、なぜだか最後のるみちゃんとほたるちゃんのシーンで泣けてきた。
その涙の意味は、自分でもよく分からなかった。
でも、その二人を包む暖かいもの、心地よいものの中にいるほたるちゃんが幸せそうで、その空気がほたるちゃんにとって愛すべきもので、心がほっこりしたのです。
ばなな、やっぱりいいな。

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