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タイトルに惹かれて、手にとって見た。
表紙に「もはや必要としなくなった相手と共に過ごす最後の夜に」書かれてあった。
なんとなく、「停電の夜に」に似ているのかしらと思い、おうちに連れてきた。
男心を知りたいと思った。
揺れ動く思い。
それには、男も女もないのかもしれない。
けれど、妻以外のほかの女性にも惹かれていく男性の気持ちの動きを知りたいと思った。
男の人はきっとずるいのだと思う。
いいとこ取りをしようとしている。
妻がいて、子供がいて、でも若い女の子が言い寄ればそれに応じようとする。
客観的にそういうものを傍目で見ていて、男の人ってどうしようもないものだと思ったり。
一回さくっと読んでも、全然分からなかった。
なぜ、彼は出て行かなくてはいけないのか。
もう一度さくっと読んでみたら、少しは分かったのかもしれないような。。。。
主人公の揺れ動く思い。
心で妻に悪態をつきながらも、彼女にもう一度必要とされたいと思ったり。
愛していないのかもしれない。
だから、出て行くのだ。
でも、そこにはお互い共有した時間があり、それは誰にも侵されない真実。
だから、揺れ動くのかしら。
奥さんが出産しても、ほかの女のところに行くなんて最低な男。
理解したくない。
でも、もしもね、私も同じ状況になったら、もしかしたら同じようなことを考えるのかもしれない。
愛のない人生は退屈なものだという。
でも、それが結婚なのかもしれない。
もしかしたら、それは愛がなくなったのではなくて恋しているときの心の躍動がなくなっただけなのかもしれない。
それから逃げ出すことは、一瞬の希望にしかすぎないのだと思う。
また愛を探せども、同じことの繰り返しのような気がするのだよ。
ちょうど先日読んだ「海の贈物」にあった一節を思い出した。
日の出貝の章。
自分だけが愛されることの継続を望むことが、私には人間の「持って生まれた迷い」に思える。持続とは、真偽の尺度にはならない。
意味があるかないかということは、時間とか持続とかと関係なくて、他の基準に従って判断されなければならない。それは或る時の、或る場所での現在の瞬間に属していることで、「現在あるものは、或る時の、或る場所での現在にしかない」のである。
凡て美しくてはかないものの永遠の価値がある。
その一節が、この小説の最後の一節と共鳴するような気がした。
この世で最高のものが、その瞬間に凝縮されていた。 あれこそが愛だったに違いない。
彼はあの後どうしたのだろう。
愛だったと自覚したあと、彼はいったいどうしたのだろう。
過去に愛があったと自覚し、未来にそこに愛はないと思って、決して戻らなかったのか。
それとも、愛があったことを胸に、退屈な人生にやはり戻ったのか。
悲しい。
悲しいと思う。
揺れ動いた心があったという真実は、覆すことができないのだから。
最後の節は捉え方がさまざまあると思う。
電話番号を押して、「また後で」「時間はたっぷりあるさ」といった言葉。
それは、ニーナに電話をして、彼女に言った言葉なのか。
それとも、電話番号は押したけれど、すぐに切って言った言葉なのか。
何を優先させたのか。
もっと私が大人になって、心にもっといろんな襞ができたら、また違う風に感じるのかもしれない。
理解するのにとてもとても難しい小説だと思った。


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